マイクロサービスアーキテクチャをAWSで構築する方法|構成パターンとサービス選定ガイド
システムの機能追加やリリース頻度が増える中で、変更に強く独立性の高い仕組みを求めてマイクロサービス化を進める企業が増えています。アマゾンウェブサービス(AWS)では、Amazon ECS・Amazon EKS・AWS Lambdaなどの実行基盤やAPI Gateway、Step Functionsなどの連携サービスを組み合わせて、柔軟なマイクロサービスアーキテクチャを構築できます。
この記事では、AWSでマイクロサービスを設計・構築する際に押さえておくべきサービス選定のポイント、代表的な構成パターン、導入時に注意すべき設計上の課題を整理して解説します。
マイクロサービスの基本とAWS実装の考え方
マイクロサービスは、1つの大きなシステムを複数の独立した小さなサービスに分割し、それぞれが個別に開発・運用できるようにする設計思想です。AWSでは、この考え方を支えるために、独立した実行環境・通信方式・データ管理をサービス単位で構築できます。
以下、設計時に特に重要となる「分割基準」「通信方式」「データ独立性」の3点を整理します。
分割基準(ドメイン駆動設計の活用)
マイクロサービスの分割は、機能単位ではなく「業務領域(ドメイン)」を基準に決めます。ドメイン駆動設計(DDD)の考え方では、業務の境界を「バウンデッドコンテキスト」として定義し、各コンテキストを独立したサービスとして切り出します。
AWS上では、この境界をもとにサービスごとにAPI Gateway・ECSタスク・Lambda関数・DynamoDBテーブルなどを分離します。変更頻度や責任範囲が異なる領域を明確に区切ることで、チーム間の調整コストを減らし、リリースを並行化できます。
通信と結合度(REST/gRPC vs イベント駆動)
マイクロサービス間の通信方式は、結合度を左右する重要な設計要素です。RESTやgRPCなどの同期通信は、リクエストとレスポンスが明確で扱いやすく、リアルタイム性が求められるシステムに適しています。AWSでは、外部公開APIにAmazon API Gateway、内部通信にはApp MeshやService Connectを組み合わせる構成が一般的です。
一方、イベント駆動型の非同期通信は、結合を弱めて耐障害性を高めます。Amazon EventBridgeやAmazon SQS、AWS Step Functionsを利用すれば、イベントをトリガーとして各サービスを独立稼働させられます。処理順序の制御や遅延耐性が求められるシステムでは、この構成が有効です。
サービスごとのデータ独立性
マイクロサービスでは、データの独立性を保つことが原則です。1つのデータベースを複数サービスで共有すると、変更の影響範囲が拡大し、障害時の切り分けが難しくなります。
AWSでは、サービスごとにデータストアを分け、用途に応じてAmazon Aurora・RDS・DynamoDB・S3などを選択します。参照関係がある場合はAPI経由でアクセスするか、イベント配信で非同期に複製します。また、整合性を保つためにSagaパターンを導入し、最終的に整合性を許容する設計を採用します。
実行基盤の選定
マイクロサービスをAWSで動かす際は、実行基盤の選び方が構成の安定性と運用コストに直結します。各基盤の特性を踏まえて、規模・チーム体制・将来の拡張性から適切な選択を進めます。
Amazon ECS/Fargate:運用しやすく標準的
Amazon ECSは、運用負荷を抑えてコンテナ運用を進めたい場面に向いています。Fargateを併用すればサーバ管理が不要となり、コンテナ実行に必要なリソースだけを指定してデプロイできます。
標準機能だけで負荷分散やログ収集まで構築できるため、マイクロサービス導入初期の基盤として採用しやすい特徴があります。小規模から中規模までのシステムで、チームがKubernetes運用の専門知識を持たない場合に活用しやすい選択肢です。
Amazon EKS:柔軟で大規模向け
Amazon EKSは、大規模なシステムや高度な要件を持つ組織に向いています。Kubernetesの標準APIを使って構成を管理できるため、多言語サービスや複雑なネットワーク制御を伴うシステムでも一貫した運用ができます。
サービスメッシュの導入、独自のCI/CDパイプライン構築などの自由度が高く、既にKubernetesを社内で運用している企業との相性も良い基盤です。細かい制御ができる一方で、クラスタ管理の負荷は高くなるため、体制を整えた上での導入が前提になります。
AWS Lambda:イベント駆動型、小規模向け
AWS Lambdaは、小さな処理単位を素早く実行したい場面に向いています。サーバを常時稼働させず、イベントに応じて関数を実行する仕組みのため、アクセス量の変動が大きいサービスと相性が良い基盤です。
バッチ処理や画像変換などの独立性が高い処理にも適しています。短時間で開発しやすく拡張も容易ですが、長時間実行や複雑なステート管理を伴うサービスには不向きのため、用途を明確にした使い分けが必要です。
比較表:運用負荷/柔軟性/コスト
実行基盤の特徴を俯瞰するために、運用負荷・柔軟性・コストの観点で整理すると、選択の方向性が掴みやすくなります。
| 基盤 | 運用負荷 | 柔軟性 | コスト | 向いているケース |
| ECS/Fargate | 低い | 中 | 中〜やや高 | 標準構成で安定運用したい中規模サービス |
| EKS | 高い | 高 | 中〜高 | 高度な自由度が必要な大規模システム |
| Lambda | 最低 | 低~中 | アクセス量次第で最適化 | イベント駆動の小規模サービス |
代表的な構成パターン
Amazon API Gateway + BFF + ECS
中規模のWebサービスで採用されることが多い構成です。API Gatewayが外部公開APIの入口になり、各クライアント向けに最適化したBFF(Backend for Frontend)がECS上で動作します。
BFFでクライアントごとの処理を独立させるため、変更がシステム全体に波及しにくくなります。フロントエンドの変更に合わせてサービス単位でデプロイできるため、継続的な改善を進めやすい構成です。
Amazon EKS + App Mesh(gRPC通信)
大規模なマイクロサービス環境では、EKSとApp Meshを組み合わせた構成が向いています。App Meshがサービス間通信を管理し、トラフィック制御、リトライ、可視化などを統一できます。
言語やフレームワークが混在するサービス群でもgRPCによって高速な通信を実現できます。高可用性や複雑なサービスネットワークが求められる環境で採用される構成です。
Amazon EventBridge + AWS Lambda + AWS Step Functions
イベント駆動の処理や、ワークフローを含む業務ロジックに適した構成です。EventBridgeがサービス間の疎結合な連携を実現し、Lambdaで単位処理を実行し、Step Functionsで一連の処理を管理します。
非同期処理やバッチ、バックオフィスの業務自動化など、タイミング依存の少ない処理に適しています。コード量を抑えやすく、小さく始めて拡張しやすい点も特徴です。
共通設計ポイント
マイクロサービスをAWSで運用する際は、個々のサービス設計だけでなく、全体を支える基盤設計も統一しておく必要があります。
ネットワーク設計(VPC、ALB/NLB、PrivateLink)
マイクロサービス環境では、サービス間通信と外部公開の経路を明確に分けるネットワーク設計が欠かせません。各サービスをVPC内で分離し、入口となる通信にはALBまたはNLBを使います。内部サービス間の通信にはPrivateLinkを活用すると、サービスをVPC外に公開せずに連携できます。ネットワーク境界を明確にしながら、必要な通信だけを許可する構成が基本方針になります。
認証・認可(Amazon Cognito、IAMロール)
ユーザー認証はCognito、サービス間の権限管理はIAMロールというように、認証と認可を分けて設計します。Cognitoを採用すると、ユーザー管理やトークン発行を統一できます。
一方、バックエンドのサービス間連携ではIAMロールを扱い、各サービスに最小限の権限を割り当てます。こうすることで、不必要なアクセスを抑えながら、安全にサービスを運用できます。
観測性(Amazon CloudWatch、X-Ray、ログ標準化)
マイクロサービスでは、障害の原因が複数のサービスをまたぐ場合があります。CloudWatchでメトリクスやログを集約し、X-Rayでサービス間の処理経路を可視化することが効果的です。また、各サービスでログ形式を統一すると、分析やトラブルシューティングが容易になります。観測性を高めることで、運用負荷を抑えながら安定性を維持できます。
デプロイ(AWS CodePipeline、Blue/Green)
サービス単位で更新が走るマイクロサービスでは、デプロイ方式の標準化が必要です。CodePipelineを使うと、ビルドからデプロイまでの流れを統一できます。さらに、Blue/Greenデプロイを採用すると、切り替え前に新バージョンを検証でき、リリース時の影響を最小限に抑えられます。サービス更新の頻度が高い環境ほど、デプロイ基盤の整備が効いてきます。
信頼性とコスト最適化
マイクロサービスでは、可用性を確保しながら無駄のないリソース利用を続けるために、信頼性設計とコスト最適化の両立が求められます。AWSはこの2点を支える仕組みを揃えており、適切に組み合わせることで安定運用につなげられます。
スケーリングと耐障害設計(Auto Scaling、リトライ制御)
サービスの負荷は時間帯やイベントによって変動するため、オートスケーリングの仕組みを導入すると安定性を確保できます。Amazon ECS/EKS/LambdaはいずれもAuto Scalingと連携でき、CPUやメモリ、キューの長さなどに応じてインスタンス数やタスク数を自動調整します。
また、ネットワーク越しのサービス間通信では失敗が起きる前提で、リトライやバックオフ、サーキットブレーカーなどの制御を実装します。こうすることで、瞬間的な障害にも耐えられる構成になります。
コスト最適化(AWS Graviton、Spot、AWS Savings Plans)
長期間運用する環境では、リソース選定によるコスト最適化が効果を発揮します。CPUコストを下げたい場合は、AWS Gravitonベースのインスタンスタイプを採用すると、同等性能で料金を抑えられるケースがあります。さらに、安定稼働が前提の環境ではSavings Plansを有効活用すると支出を削減できます。
一方、バッチ処理や再実行可能なサービスにはSpotインスタンスを組み合わせると効率的です。用途に応じて複数の選択肢を使い分けることで、サービス品質を維持しながらコストを抑えられます。
段階的移行とよくある失敗
既存システムを一度にマイクロサービスへ置き換える方法は負荷が大きく、移行途中で不具合が起きる可能性があります。段階的な分割方法を採用すると、安全性を保ちながらモダナイズを進められます。移行時に発生しがちな失敗も把握しておくと、安定したリリース計画を作りやすくなります。
Strangler Figパターンで安全に分割
大規模なモノリシックシステムを分割する際は、Strangler Figパターンが役立ちます。これは既存システムの一部分を新しいサービスで包み込む形で移行していく方法です。小さな領域から切り出してAPI化し、トラフィックを段階的に新サービスへ切り替えると、既存機能を維持しながら移行が進みます。影響範囲を限定した分割が可能になり、移行途中でサービス全体に影響する事態を避けられます。
共通DBの共有/同期依存による失敗例
マイクロサービス移行時に多い問題の1つが、データベースを分割できないまま複数サービスで共有してしまう状況です。共通DBに依存すると、スキーマ変更や負荷増加が全体へ波及しやすく、独立性が保てません。
また、同期のためにバッチ連携へ依存すると、更新タイミングの差で整合性が崩れる場合があります。サービスごとのデータ所有を徹底し、API経由での連携に切り替えると、独立した運用に移行できます。
監視・権限管理の抜け漏れ対策
サービスが増えるにつれて、監視対象やIAM権限が複雑になります。監視設定が統一されていないと異常の検知遅れにつながり、権限の設計が不十分なまま運用を開始すると、アクセス制御のミスを引き起こします。CloudWatch、AWS Config、X-Rayなどのログ・トレース基盤を組み合わせて観測性を確保し、IAMロールはサービス単位で最小限の権限に分離します。移行後の安定運用に向けて、設定の標準化を進めてください。
FAQ
Amazon ECSとAmazon EKSはどちらを選ぶべきか?
ECSはAWSに最適化されたコンテナ基盤で、運用負担を抑えたいケースに向いています。Fargateと併用すればサーバ管理が不要になります。EKSはKubernetesを活用したい、マルチクラウドや高度な運用要件がある場合に適しています。既存のKubernetes資産の有無が選択基準になります。
Amazon API GatewayとALBはどう使い分けるべきか?
API GatewayはAPI公開・管理に特化しており、認証やレート制御など高度な制御が必要な場合に適します。ALBはWebアプリやコンテナサービスへのL7ルーティングが中心です。API要件が強ければAPI Gateway、シンプルなアプリ入口ならALBが向いています。
非同期処理はどのタイミングで導入すべきか?
ユーザー操作の応答速度を守りたい場合や、内部処理が長時間になる場合に非同期化が有効です。バッチ処理、外部API連携、ファイル変換のような処理はEventBridgeやSQSで非同期化することで安定します。サービス間の直接依存を避けたい場合にも適します。
まとめ
AWSでマイクロサービスアーキテクチャを構築するには、サービスの分割基準、通信方式、データ独立性といった基本設計に加えて、実行基盤やネットワーク、認証、監視まで一貫して検討する流れが欠かせません。
AWSはECS・EKS・Lambdaを中心に幅広い選択肢を持っており、要件に合わせて最適な構成を組み合わせることができます。段階的に移行しながら、結合度や依存を整理し、観測性と運用性を高めることで、変更に強い構成を実現できます。各サービスの役割を整理しつつ、負荷やコストも意識しながら設計を進めることが安定した運用につながります。